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9-5 母の日 1

last update Last Updated: 2025-06-04 10:11:06

 母の日の日曜日――

翔が紙バックを持って朱莉のマンションを訪れた。

「朱莉さん、これ……お義母さんに渡してくれないかな?」

翔は少し照れながら朱莉に紙バックを手渡した。

「え? これは何ですか?」

「これは俺が選んだ母の日のプレゼントなんだけど、ストールだよ。オーガニックコットンで手触りもいいし、これならすぐに羽織ることが出来ると思ってね」

翔は照れながら朱莉に説明した。実際は選んだのは修也だったのだが何故か朱莉にはその話をしたくはなかったのだ。

「ありがとうございます! まさか翔さんから母のプレゼンを頂けるなんて……きっと母は喜びます」

朱莉は満面の笑みを浮かべた。

「朱莉さん……」

(驚いたな…まさか、ここまで喜んでくれるなんて。やはりそれほど朱莉さんにとってお母さんは、かけがえのない大切な人だってことなんだろうな。なのに俺は……)

翔は以前朱莉の母が外泊届を貰って、朱莉の部屋へやって来た時のことを思い出していた。あの時、翔は朱莉親子を置いて明日香の元へ行ってしまった。そしてその直後に朱莉の母は具合が悪化してしまい、救急車で運ばれる事態となった。その事実を後日京極から聞かされて――

(俺は……今更だが本当に最低な人間だ……)

「どうしましたか? 翔さん」

不意に朱莉は翔の表情が曇ったのを不思議に思い、首を傾げて翔を見上げた。その様子があまりにも可愛らしく、翔は思わず自分の顔が赤面してしまうのが分かった。

「え? ど、どうしたんですか? 顔が真っ赤ですよ? もしかして熱でもあるんですか!?」

「い、いや! 本当に何でもない。大丈夫だからお母さんの所へ行ってあげるといいよ」

「はい。分かりました。それではレンちゃんをお願いします」

朱莉は蓮を翔に預けると、出掛ける準備を始めた。

****

「それでは翔さん、母のお見舞いに行ってきますね」

外出着に着替えた朱莉は翔が渡してきた紙バックを持った。

「ああ、行ってらっしゃい。所で朱莉さんは何かプレゼントするのかい?」

「はい、実はもう母の入院している病院の住所に届けてあるんです」

「へえ~何を届けたんだい?」

「フルーツの盛り合わせにしたんです。今日は看護師さん達もお祝いしてくれるそうなので皆で頂けるかと思って」

朱莉は笑顔で答える。

「そうか。なら楽しんでおいで。多少遅くなっても俺の方は全然構わないから」

「すみませ
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